山域 尾瀬・奥日光
コース 大清水〜物見山〜燕巣山〜湯沢峠〜念仏平〜金精峠〜五色山〜丸沼高原
〜両毛県境を歩く〜
日程 2013年11月1日〜3日

 2011年の皇海山から日光湯元、2012年の物見山から馬坂峠と県境を歩いたら、群馬-栃木県境がぽっかり空いてしまった。
 天気もよさそうだし、藪こぎにも適した時期になったしということで開いてしまった所を繋げることにした。
 
データ アプローチ
東京駅6:08-高崎駅6:59/7:45-沼田駅8:33/8:40-大清水10:16

コースタイム

11月1日
(晴れ)
 大清水10:38〜湯沢渡渉点11:34/11:49〜物見山14:50〜1990m鞍部(幕営地)15:45
11月2日(晴れ)
 幕営地6:00〜2091mP7:04〜2098.7m三角点P8:00〜燕巣山10:00/10:30〜2083mP11:32〜湯沢峠12:53/13:11〜2001mP13:20〜2018m鞍部14:55〜2020m急登手前の鞍部15:05〜2250m付近15:53〜登山道16:36〜念仏平避難小屋16:41
11月3日(くもりときどき晴れ)
 小屋5:40〜水場で小休止〜旧小屋跡6:00〜温泉ヶ岳分岐6:42〜金精峠7:12〜金精山8:01〜国境平8:24/8:44〜五色山9:20〜弥陀ヶ池10:11〜山頂駅11:42


11月1日(晴れ)
 コースタイム;大清水10:38〜湯沢渡渉点11:34/11:49〜物見山14:50〜1990m鞍部(幕営地)15:45

うっかり沼田駅を寝過ごす所だったが、無事下車して大清水行のバスに乗り込んだ。
最初はほどほどに乗っていた人もどんどん降りて行ってしまい、椎坂峠へとバスが入り込んだときには数人だけとなってしまった。
ちなみにこの峠道のトンネル工事は間もなく終了し、とうとう11月22日に開通するらしい。トンネルが開通したらバスはどこを通るようになるのかな?
数少ない乗客はポツリポツリと降りていき、終点の大清水で降りたのは我々だけだった。

大清水にある小屋はすっかり閉じられていて、閑散としていた。
にぎやかなのは越冬準備に余念がないカメックだけだ。天気がよく適当な越冬場所がまだ見つかっていないのか、ここ大清水は、ブンブン空中を飛びまわるもの、下を這いまわるもの、人や荷物に取りつこうとするものとやりたい放題のカメックの王国となっていた。
そんな中ヘリコプターが飛び交っている。ちょうど掃除をしている方がそばにいたので、何を運んでいるか尋ねたところ、木道の架け替え工事をして古い木材を荷下げしているとのことだ。
雪がなく人がいないときというと、この時期しかなので一気に集中して工事をするのだろうな。

体操をして出発。
物見山までは昨年歩いているので迷わず林道へと向かった。
林道には唐松の落ち葉が敷かれていてとてもきれいで、林道わきを流れる沢も綺麗で気分がいいので、退屈せず歩けた。
物見山の登りはとにかく急登が続くので、杖が欲しくなった。今回はヤブ漕ぎに備えてストックを持ってきていないのだ。そこで杖を捜しながら歩くと湯沢の渡渉点に着いた。

二人ともこの時点で無事杖を手に入れていたので、湯沢の渡渉点では少し休んだだけで登りにかかった。
渡渉してからは、最初の取り付きで以前の道が崩れてしまったので付け替えられて多少変わった程度で、昨年と全く同じように登っていった。
尾根に取り付いてから30分程のところで、下山してくる2人組とバッタリ出会った。平日のこの時期このマイナーなところでのバッタリなので、お互いのもの好きに思わず笑いが出た。

このお二人は、昨日小淵沢から稜線に上がり、群馬-福島県境を歩いてきたとのこと。また、物見山からの急下降の連続にうんざりしているようだった。
お互いエール交換をして、それぞれの目的地へと歩みを再開。

昨年は紅葉が綺麗だったが、今年は時期も遅いので葉がほとんど落ちていたり、はらはらと音も立てずに散っていく中を黙々とひたすら登っていく。
急登だけあって、ぐいぐい高度を稼いでいけるのが救いだ。標高1600m程になると、少し傾斜が緩む。昨年はガスが濃くて全く見えなかったが、今年はきれいに見えるので明日進む稜線を眺めることができた。思った以上にピークが目立ち、予想以上に踏破するのが大変になりそうな予感がした。

再び急登に戻ると、時折岩場も出てくる。以外にゴツゴツしている尾根であり、この状態になったということは山頂直下の登りのはずだ。記憶通り急登をこなしていくと、先行しているモコモコさんをから「着いた。」の声が出た。
相変わらず小さく樹林で視界が効かない山頂であるが、テント一張り程度は張ることができる。
登っているときは山頂に着くのが遅くなりそうなので、水汲みに行ってから物見山で泊まろうかという話も出たが、明日以降のことを考えて、天気もいいことだし予定通り鞍部まで進んでおくことにした。

先を見るといきなりの濃いヤブなので、長袖シャツを着て、少し腹拵えをしていよいよヤブ漕ぎスタート。
事前に調べた記録では、全員がこのヤブがひどいと記載していたがその通りだった。物凄い密な笹藪で少し離れただけでお互いの姿が見えなくなる。ガサガサ掻き分けている音でお互いの位置を確認しながら進む。
傾斜が急なのでなんとか進んでいける状態だ。
ここの笹は細いのだが、そのためびっちりと隙間なく生えているため文字通り足の踏み場がない。特に困ったのが、それだけ密なので、結んでも結んでも靴ひもが解けてしまうことだ。

傾斜が急で、藪が濃く幕営道具が入った重荷で何度も結ぶのはかなり大変で、イライラさせられた。
こんな調子で全く進まず、たった標高差50m、距離200m進むのに30分もかかってしまった。
傾斜が緩むと、藪が濃いのは変わらずだが、藪から顔を出すことができたり胸程度の高さになったりするのでかなり楽になった。ここは登りにとると、とても辛いところだ。
登りとヤブによる疲れを憶えてきた頃なんとなくヤブが低くなってきたような気がした。そこから鞍部はすぐだった。
鞍部は一里沢側の斜面が緩やかで、藪もうすい。時間も時間なので迷わず行動終了を決定した。
日没まであとわずか。水を探さなければ。
幸い一里沢の沢床は緩やかな斜面を降りたすぐ傍で、藪も薄く、鹿道も走っていたので簡単に降りることができた。

水沢には水たまりがあり、すぐに水が汲めるかと思っていたが水自体の流れはなかった。水自体はきれいなので、最悪のこの水を煮沸して使えばいいやということで、モコモコさんが下流、山人が上流へと手分けして探すことになった。
すると、すぐに水が出ている所を見つけることができた。モコモコさんに声をかけると、すぐにやってきた。沢自体の傾斜が緩いためか下流は全く水が出る気配がなく、結構下ることになりそうで、探すのをやめて戻ってきたとのことだ。
確かに今出ている水も枝沢から染み出しているものだ。

枝沢を少し入って汲もうとしたが、上手く汲めず結局本流に溜まっている水を汲むことにした。
水自体は流れているので、そのまま飲んでも差支えはないだろう。
カップを使って汲むと、思ったよりも早く汲み終えることができた。この水はすぐに伏流してしまい流れにはならないようなので、やはり下流で汲もうとすると結構降りないといけないかもしれない。水量が多い時だと多少は流れになるのかも分からないので、この水場を見つけられたのは本当に運が良かった。

次は幕営場所の選定だが、最初鞍部に下りたときに目を着けていた所に張ることにした。
整地作業は、少し笹藪がうるさい所を刈り払った程度で済んだ。
日が暮れると一気に暗くなって寒くなった。
最初は焚き火をすると張りきっていたモコモコさんも、寒いからやめると早々にテントに潜りこんでいた。

それが正解で、食事が終わるころにはテントにびっしりと霜が付いていた。
明日はヤブ漕ぎも本番。できるだけ進みたいので、食事を済ませたらすぐにシュラフに包まった。


11月2日(晴れ)
 コースタイム;幕営地6:00〜2091mP7:04〜2098.7m三角点P8:00〜燕巣山10:00/10:30〜2083mP11:32〜湯沢峠12:53/13:11〜2001mP13:20〜2018m鞍部14:55〜2020m急登手前の鞍部15:05〜2250m付近15:53〜登山道16:36〜念仏平避難小屋16:41

冷え込みが強かったが、夏用のシュラフでも寒い思いをすることなく良く寝られた。
逆に、モコモコさんは、軟弱の癖にエアマットを忘れたので山人が貸してあげたエアマットと、冬用のシュラフで寝たにもかかわらず、足が冷えてなかなか寝つけなかったよーと騒いでいた。知らんがな。

明るくなるのと同時に出発。
僅かに尾根に登り返して、2091mPに向けてヤブ漕ぎが始まった。
ヤブが薄くなったのは鞍部だけで、濃いのは昨日と同様だ。ただし、物見山直下のようなひどいものではなく、登りなのでとにかく上へ先へと心を無にして進むことができるのでかなり楽だ。それでも全身運動となるので、暑くなってくる。
出発する時点では、冷たい風も吹いていて寒かったのでアンダーシャツやら長袖の他に雨具も着ていたが、1枚、2枚と脱いでいき、結局、露もついていないので、雨具は脱いだ。

靴ひもが解けるのには昨日同様に悩まされたが結び方を変えると解消した。モコモコさんは今日はスパッツを着けたので大丈夫らしい。山人は軽量化の為スパッツを持ってこなかったのでしばらくがまんのヤブ漕ぎとなった。スパッツが無いとやたらと靴の中にゴミが入ってきて大変だった。
それでも1時間程登ると、藪も落ち着いて鬼怒沼湿原も見えるようになり、最初の目標の2091mPに着いた。

ここからはヤブがうすくなったり濃くなったりを繰り返しながら小さなピークをいくつか越えていくことになり、群馬県側の斜面は比較的下草が薄い樹林帯となっており、うっすらと残る鹿道を利用したりしながら進んだ。
これが正解で、順調に標高2098mの三角点のあるピークに着いた。
このピークの三角点は傾いていたが、三角点の前だけ藪がないのですぐ見つけることができた。また、プレートもあり微笑ましかった。

このピーク直下のヤブが物見山に引けを取らない激藪との情報を得ていたので覚悟して下りにかかった。
・・・・・想像以上だった。
コメツガとシャクナゲとそれに対抗するかのようにイヌツゲがぎっちり生えたもちゃくちゃした急斜面だった。
枝を分け、ザックに絡みつくのをくそーっと言いながら解いてで1m進むのにやっとの状態だ。
少し隙間があいたかと足を踏み入れると、大きな段差があったりで全く気が抜けない。
物凄い激藪だが、逆にこのヤブが無いと降りることが困難な急斜面で痛し痒しの下りだった。
当然お互いは見えず、撮影する余裕もなく、藪をガサガサ言わせる音と声を掛け合いながらお互いの位置を確認しながら進んだ。

たった標高差50mの下りで一気に消耗した。
傾斜が落ち着くと激藪も落ち着いて単なる笹藪となった。
少し群馬県側へ移動すると、下草の薄い針葉樹林の斜面となっていたので、尾根上ではなく斜面をルートにとることにした。

標高2098mの三角点から見えたすぐ目の前のニョッキリとしたピークだが、、ニョッキリピーク先の鞍部を目指してトラバースすることで巻くことにした。
傾斜が急な片斜面だが、針葉樹林が上手い具合に棚を作ってくれ更に鹿道があるので苦労なく歩けた。
ニョッキリピーク自体は、灌木が絡みついた岩峰だったので巻いて正解だった。
そのまま鞍部まで抜けると、鞍部はヤブが薄くその先に見える尾根上もなんとか歩いていけそうだ。試しに取りついてみるとうっすらと踏み跡があったのでそのまま尾根伝いに行けた。

いよいよ燕巣山の登りだが、藪が濃くなったのでしばらく群馬県側の斜面を使って登った。いよいよ山頂近くなると、斜面も斜度を増して歩けなくなってきたので尾根上に戻った。密集したササヤブ漕ぎをガサガサと息を整えながらやっとの思いで登っていくと、急にはっきりとした踏み跡が現れた。
踏み跡を辿ってすぐで燕巣山だった。
ここは登山道が通じているので、急にきれいに刈り払われた開けた山頂となり、いきなり都会に出た気分だった。

久しぶりに藪も何もない所で、風もなく穏やかだったので、のんびり休憩をとっていると男性2人が登ってきた。
四郎峠からかなりの急斜面で標高差もかなりあるので大変な登りとなったようだ。
ゆっくりお話をしたりして元気が回復したので、次なるステージへと進むことにした。

少し戻るように進んでから下降を始める。
このルートの特徴として、山頂直下は傾斜が急で激藪となるのがどうやら定番のようだ。ここも同様で密な笹藪漕ぎとなった。物見山からの下りに比べれば楽である。そのうち尾根がはっきりしてくると、なんと、うすいが踏み跡が出てきた。
足元が開いているだけで雲泥の差だ。
どんどん下るに任せて進むことができ、群馬県側に見える丸沼を撮影する余裕もできた。
傾斜が緩むと出てきたのは鹿のヌタ場だった。

ヌタ場からは尾根がヤセ尾根になったこともありヤブも落ち着いた。後ろを振り返ると今降りてきた燕巣山やニョッキリピークをはっきりと見ることができた。
2083mPまでは、藪もうすく踏み跡も続いていたので楽しく進むことができた。
このままいければいいなという願いもむなしく、2083mからは笹藪漕ぎとなった。
このヤブ区間は長く、隠れた倒木が沢山あったため苦しいヤブ漕ぎとなった。
尾根が広がるので方向を見定める必要もあり時間がどんどん過ぎていった。
途中モコモコさんが、先人が落としたペンつきのメモ帳を発見した。ちなみにメモ帳にはほとんど用紙が残っておらず書き込みもなかったとのことだ。

2045mピークが近づくと少しヤブが薄くなることもあり、ピーク直前になるとこれまでと違いヤブが薄くなった。
ピーク直下には少し平坦でヤブが薄い幕営適地と思われる所もあった。
このピークは大きく方向を帰る大事なポイントだ。コンパスを湯沢峠に合わせた。

最初はうすいヤブだったが、やはり傾斜が急になると藪は濃くなった。幸いここもうっすら踏み跡があるので、それをはずさないように行くと思ったよりもスムーズに降りられた。しかし、これまでの急斜面の下りと違い、結構灌木や倒木があるのでそれを巻いたり、モコモコさんに至ってはヤブの枝にシャツを引っ掛けて見事に袖を破いたりと一番ダメージが大きくなってしまった。

鞍部まで降りればもうすぐ湯沢峠だ。
少し登って小さなピョコを越えてガサガサ笹を分けていくとひょっこりと登山道に出た。
風が吹き抜けるので、風の当らない栃木県側へ少し入った所で休憩することにした。モコモコさんは先ほど破いた箇所をテーピングで補修していると、登ってくる登山者が一人現れた。
若い男性で、丸沼から登って日光沢温泉方面へ降りて、適当なところで引き返してきたとのことだが、山頂ピストンならまだしも一度降りてからまた帰ってくるのはとてもしんどいと思った。

下山する男性を見送って、我々は、地形図を確認して小屋までは無理そうだな、水が取れるのはこの辺りかなと検討をつけてそこまで頑張ろうと気合を入れ直してまた藪の中へ突入!!。
となるはずだったが、なんと道が付いている。
モコモコさんとなんだろう?と不思議に思いながら歩いていくと前方から単独の男性がやってきた。
この男性は、日光沢温泉へと行く予定だったが途中倒木がひどくて引き返してきたとのことだった。

ここまでは話していることは分かったが、なんだか会話がかみ合わないままお互いお気を付けてと別れた。
あの人もヤブコギして行くつもりだったのかな?道を間違えたんじゃないか?それとも知らない間に登山道が切り開かれているのか?といくつも?を飛ばしながら歩いて、取りあえず湯沢峠から2001mPへと登っていった。
2001mP付近は笹藪であった。2001mPから方向を大きく変えるので、地形図で位置確認をしてから進む方向を定めた。これまで歩いてきた感じではピークの直下は濃いヤブとなっていることが多いので、さて頑張るかと足を進めると、なんときっちりと刈り払いされており、それが我々の行く方向と見事に一致していた。

さらに頻繁に白いテープの道標がついている。
全くわけがわからないが、行き先が今のところ一致しているのでこれに従って進むことにした。
2001mP先の小さなピークは巻くようになっていたが、最近倒れたばかりという感じの倒木が道をふさいでいるところがたくさんあった。湯沢峠で会った男性が言っていたのはこの辺りかねと推察した。

道が尾根へ戻ると、もともとの藪もさほど濃くない感じでやがて間隔の開いた針葉樹林帯になった。
踏み跡が比較的はっきりしており、テープも相変わらず頻繁についているので迷わず進めた。
ヤブが無くてもルートを確認しながら歩くのと、ただ道を追っていけばいいのでは、やはり歩く効率が全く違いどんどん進むことができたので予定よりも1時間程早く2018mの鞍部に着いた。
いつの間にか、大きく薙いだ斜面を持つ根名草山が近くに見えるようになっていた。

ここで作戦会議。
この先主なピークを2つ越えた先の急登の手前で幕営することになるだろうと踏んでいた。その辺りは沢床へも比較的短い距離と標高差で降りられそうなので水も確保できるだろう、という読みだった。
しかし予定よりも早く進めたので、このまま道がついていれば小屋までいけるのではと欲が出てきたので、急登の取り付きまで行ってどうするか決めようということになった。

これまでの疲れがでてきたのか、数10mの登りが堪えた。この辺りは鹿のヌタ場が点在しており、まるでヌタ場を繋ぐヌタ場縦走をしている気分だった。
小ピークから急登の取り付への下降はヤブが濃いので、切り開きが無ければヤブを避けているうちに群馬県側の沢へと引き込まれてしまいそうな所だった。実際は栃木県側の斜面に道を着けてあった。

取り付きに向かう途中で水音が聞こえた。すぐ傍で水が出ているのか確認することなく当初予定していた場所に到着した。
水音は、栃木県側の根名草沢から聞こえてきたものだった。
沢への標高差もさほどないし、傾斜もきつくないので水の確保は出来そうなので幕営可能だが、まだ道は先に続いていた。水は汲みに行かなくても明日の朝の分はある、現在の時刻は15:00過ぎたばかり。

これは小屋へ行けるなと先へ進むことにした。
行動食をつまんで、急な登りに備えて杖を探してから取りついた。
この登りは、標高差にしてたった100mであるがとにかく急だ。しかし、白テープが登りやすい所へと導き、土の斜面には安定して足が置けるように跡ができているので、無心で頑張って登るだけでどんどん高度を稼いでくれた。倒木を利用して安定して歩けるように施された道が珍しく長く斜面を横切るような登りになるとすぐに、急登が終了した。

胸突き八丁の登りから一転してヤセ尾根の普通の傾斜の登りとなった。
快適に次の標高差100mを登ると、一気に傾斜がゆるむと標高2060mPの肩に到着だ。ここでも、またもやヌタ場がお出迎えだった。やっと終わったよ〜と先を見るとなんだか雰囲気が変。
近づいてみると、なんと丸太組の小屋があった。屋根はシートで覆うことで作られていたが、そのシートそのものが新しい。入口もシートで作られていた。
中を覗いてみるとベンチが作られており、小さいがなかなか立派で、「よく作ったなー」と素直に感心した。
ところでこの小屋はなんなんだろう?登山道整備の基地にするためにわざわざ作ったのかな?と益々疑問が湧いてきて困った。

そのような詮索をしているうちに、大分日が傾いてきた。急がなければ。
これまでうるさいほどに着いていた白テープはというと、なんだか急に方向が我々の行く先と違った所に見える。もしかしてピークを巻くようにつけてあるのかな?とモコモコさんが先を見に行くと、どうやらこのテープは、ここから南西方向に分岐する尾根に付けられてそのまま降りてしまうようだ。

なにはとも、お陰で時間を稼ぐことができたことに感謝して我々はテープとは違う方向へと進んだ。
ここからは尾根がクランク状に曲がり方向を頻繁に帰るが、尾根筋がはっきりしているので登りならば迷う心配はなさそうだ。
小さな露岩を回り込んで登った他は特に目立つところもなくピークを越えてヤセ尾根へとたどり着いた。
尾根を辿ると、開けた樹林帯になり、適当に上を目指して登っていくと先が明るくなっているのが見えた。
ここを登り切れば2326mPかと期待したが、ピークはまだ先だった。

一旦平坦になった所は、倒木の多い草原だった。
16:00を過ぎて一気に暗くなってきたが、まだ十分明るいのとガスもなく視界バッチリなので2326mP目指していくと再び緩い登り斜面となった。
先に見える2326mPは濃い栂の樹林となっており、少し下がった南側の斜面は立ち枯れが目立つ笹原だったので、樹林と笹原の境界辺りを歩くことにした。
これが一番歩きやすく最短ルートなのか、先人が取り付けたテープ(湯沢峠からついていたのとは別のもの)を時折目にすることができた。

やがて、ツガの立ち枯れが目立つのは変わらないが、これまで足元が笹原だったのが線引きしたかのようにツガの幼木がびっしりと生えた斜面となった。斜面といってもほとんど平坦で、幼木はせいぜい腰程度で、まだふにゃふにゃなので歩きやすい。良く見ると踏み跡のようなものもあった。かなり薄暗くなってきたのできるだけ踏み跡を探しながら行く。
この辺りはツガの樹林帯となっているが、大きなものは殆どといっていいほど枯れており、幼木が埋め尽くしていた不思議な光景だった。世代交代が進んでいるのかな?と話しながら歩くと前方に赤テープが見えた。

珍しく赤テープだなとテープの方向へ歩いていこうとすると突然登山道に飛び出た。
やったね。後続のモコモコさんにも「でたよー」と声をかけた。
モコモコさんも飛び出たと同時に「やったね」とうれしさを隠しきれない様子だ。

本日の日の入りの時刻16:43、只今の時刻16:36。既にうす暗いが、小屋まで10分くらいで着くだろうということで、ヘッドランプはいつでもすぐ取り出せる所に入れてあるので、まだ使わずに急ぎ足で小屋へと向かった。
ぬかるんでいるところもあるが、歩きやすい道だった。ただ、吾妻のように、広く傾斜のゆるい尾根でツガの幼木で埋め尽くされ、大きな木同士は間隔が広い樹林帯であるので、ガスの時特に雪が残るうちは迷いやすそうな道だ。

実際、今日のようにガスが全くないときでも、小屋自体が樹林に埋もれるような位置にあり、直前まで小屋に気がつかなかった。
小屋の脇(登山道に面していない所)はきれいに刈り払われて視界が良い。

小屋には、ほぼ日の入りと同時に到着できた。薄暗くても、とてもきれいであることがわかった。
また、全く期待していなかった水が、なんと小屋脇に出ていた。
汲みやすいように塩ビのパイプまでつけてあり、小屋だけでなくその周囲もきれいでよく手入れされている様子だった。
パイプからは水が出ていなかったので、少し奥へと押してみたところすぐパイプから水が出るようになり水を汲むことができた。
明日の朝までの分は持っていたが、やはり水の使用の制限があるのとないのでは精神的余裕が違う。助かった。

天気がよくて連休だから先客がいるかもと、遅く着いたためどきどきしながら小屋へと入ったが、誰も居らず貸し切りとなった。
小屋内は、とてもきれいでしかも、今日天気が良かったのでまだ暖かい。
乾いた平らな床で、結露を気にすることなく過ごせるのはとても快適だった。
お陰で、シュラフに包まってラジオから流れてくる日本シリーズ楽天の試合を聞くつもりでいたが、ほとんど聞く間もなく眠りに落ちた。


11月3日(くもりときどき晴れ)
 コースタイム;小屋5:40〜水場で小休止〜旧小屋跡6:00〜温泉ヶ岳分岐6:42〜金精峠7:12〜金精山8:01〜国境平8:24/8:44〜五色山9:20〜弥陀ヶ池10:11〜山頂駅11:42

早出をして白根山を登りたいが、昨日、朝寝坊したいモコモコさんと対立したこともあり少し遠慮して予定より30分ほど遅く起きた。
朝の飲み物(我々は、定番でロイヤルミルクティーを飲んでいる)が入ったところで、モコモコさんに声をかけると、以外にも何も文句をいわずにごそごそ起きてきた。

できるだけ早出をしたかったが、なんやかんやで旧小屋に着いたのは既に6:00だった。
小屋跡はきれいに片づけられていた。旧小屋脇を流れる沢はいい水場だ。
少し登り返しがあったが、概ね平坦な樹林帯の道をてくてく歩くと温泉ヶ岳がデーンと聳えているのが見えた。

温泉ヶ岳は少し登りになるがほとんど巻くように道がつけられており、奥日光の眺めを楽しめた。中でも、刈込湖切込湖は、奥まった盆地地形のようなところにあるので、見るのが地形的になかなか困難で貴重な眺めだ。
温泉ヶ岳分岐まではなぜか笹原の斜面だった。再び樹林帯に入るとすぐに温泉ヶ岳の分岐だ。今回は事ある毎に、「白根山頂あきらめるなら(略)」とモコモコさんが脅しをかけてくるので山頂往復は断念した。

分岐を過ぎてしばらく、ぬかるみがあったりするが、高原の散歩道のようなゆるやかな台地状となった。
やがて、これから向かう金精峠とその先が見えるようになった。
一見して、ここから五色山までのアップダウンが結構大きいので、「えー、あそこまでガクンと下って、またギューンと登らないといけないのー?!」と声を上げたモコモコさんに「峠とはそういうもんだよ」と返したが、金精峠からの登り斜面というより岩を見て「あれ、どこを登るんだ?」と疑問を抱いてしまった。

峠までは標高差約250mを一気に下降しなければならない。
傾斜はは急だが、斜面を上手く使って九十九折れの道になっていたので、ストレスを感じることなく降りることができた。この下りで単独の男性が登ってきた他は誰にも会わなかった。

降り立った金精峠の温泉ヶ岳側には謎の建物の基礎部分の残骸のようなものがあった。ちょうど季節風の風上側にブロック塀が残っているので、緊急時の風除けで一人で逃げ込む程度なら使えそうだ。
金精山側には、金精神社が建っており、その山名通り金精山が御神体のようだ。

眼下には、湯元の宿泊施設や湯ノ湖更に我々の峠の下をトンネルで県境を通過する金精道路が良く見えた。観光シーズンの今は多くの車が行き交っていた。
写真撮影を済ませて、目の前に聳える山頂目指して登りに取りついた。
最初は笹と灌木の中に切り開かれた急な登りから始まった。
懸念の岩(笈吊岩というらしい)が近づいてくると、登山道は岩を迂回するため群馬県側へと移りり始めた。ちょっとした切り通しを過ぎると、大きく山腹をトラバースして行き、岩場を群馬県側で巻いて登るようにルートが付けられていた。

トラバース部分も含め全体的に登山道自体の足場はシッカリしていた。トラバースが終わり、いよいよ登りになると、岩場が目立つようになった。技術的には簡単だが、とにかく傾斜が強く手を使わないと登れなくなった。
えっちら、おっちら登っていくと、梯子が出てきた。傾斜が強く岩場と梯子の入り混じった所で思わず「冬は怖いな〜」と言ってしまった。すると、モコモコさんからは「冬じゃなくても、下りに取るのはちょっと怖いよ」と返ってきた。

今は冬でも下りでもないので、疲れるだけで恐怖を感じることなく登れた。
この登りを済ませると、、尾根にぐんと近づきやがて普通に歩ける土の道となった。
山頂までに何か所も「山頂付近に亀裂あり」との注意書きがあった。気になる山頂へ着いたが、その亀裂はよく分からなかった。言われてみるとなんとなく山頂の一角を線引きしたかのように溝があったような・・・。
山頂には修験者さんが納めたと思われる木札があった。物見山にもその木札があったので、日光の山は全体的に信仰の対象となっているのだなと思わせられた。

次に目指すは国境平だ。標高が上がり、樹林はあるものの風が吹き抜けるようになったので寒くなった。
国境平は湯元へ降りる中ツ曽根の分岐がある小さな笹原だった。皇海山から降りたところにも同じ名前の笹原があったが、あちらの方が雰囲気がいいな。
風の当らない所を探して休憩。モコモコさんはアンダータイツをここで履いた。
休憩中、単独の男性が登ってきて、あっという間に見えなくなった。中ツ曽根を使えば湯元基点としたいい周回コースになりそうだ。

五色山まではもう一度一登りだ。この頃から雲が広がってしまったが、視界はいい。だんだんと森林限界に近づいてくればいよいよ五色山だ。
山頂からは、白根山はもちろんのこと以前歩いた前白根〜白根隠山や雨量測定小屋、五色沼、避難小屋と全てみることができた。
モコモコさんに今日は白根山登って避難小屋に泊まろうとしつこく言ったが、明日は雨だから今日中に降りると言ってきかない。挙句の果てには山頂もパスするとまで主張してきた。ちなみに日光側に下りるのは、いろは坂などの渋滞に巻き込まれるので絶対避けたいとのことだ。

結局、モコモコさんに言い負けた。
しぶしぶ弥陀ヶ池へと進んだが、当初の計画でも弥陀ヶ池から山頂へ登るものだったので良しとした。白根山の外輪山とでもいうのか栃木県側は山頂をぐるっと囲むように小さなピークが連なっておりそれなりに楽しくなってきた。途中名もなき池などがあって結構新鮮だった。
弥陀ヶ池まで山と渓谷の表紙を飾りそうな単独の女性に会っただけで依然として静かな歩きだった。

さすがに弥陀ヶ池になると日帰りの登山者がでてくるようになった。
モコモコさんからお風呂をあきらめれば山頂いけるよと言われたが、お風呂をあきらめるどころかバスに間に合わなくなりそうなので山頂をパスすることにした。
山頂への分岐になると、何人もの登山者が山頂目指して登っているのを見て、なんだかあの列に加わるのはいやになったので、山頂へ行くのを諦めて正解だったと思うようにした。

時間にかなり余裕ができたので、所々で道草を食いながらロープウエイ駅を目指していくと、次々と人が登ってくる。白根山へのメインルートだけあって天気が良いので大盛況のようだ。この時期にこれだけの賑わいなので、もう少し前だとどれだけの人が来るのだろう?
傾斜がなくなり小さな湿原のような草はらのような所になると、いよいよ廃墟と化している避難小屋だ。
外壁はしっかりしているが、中を覗いてみると床板が崩れてほぼ使えない状態でお世話になりたくない感じだ。少し手直しすれば十分使えるだけにもったいない。

ロープウエイ駅から近すぎて変に快適にすると住みついたりされるからかな?
避難小屋の先も気持ちのいい針葉樹林となっている道を行くと、いきなりドーンと大きな一枚岩が現れた。こんな所にこんな大岩があるとはなんとも面白い。
この大岩の目と鼻の先に鳥居と神社が見えた。
その前に頑丈な門が立ちはだかっていた。なんでも鹿対策のために設けてあるとのことだった。
門を通って、神社にお参りすることにした。

山の湧水を使った手水舎まであって本格的だ。日光らしく、二荒山神社の分社だった。登山者の安全祈願でここに建てられたのこと。無事下山できたことに感謝しお参りをした。
登山口となるロープウエイの駅らしく、靴の洗い場所まであったのが助かった。
ここまでやるともう歩いて降りる気がしなくなり、文明の利器を享受することにした。

ゴンドラ式のロープウエイは貸し切りで乗れた。
楽ちん楽ちんと降りていくと、昨日まで歩いた県境が一気に見えた。
これらを眺めていると、今回の行程が思い出された。新幹線→各駅停車→バスでのアプローチ、林道歩き→登山道を登り→密なヤブ漕ぎ→獣道を辿って→ヤブ漕ぎ→切り開かれたばかりの登山道→正規の道となった登山道→動力を使って降りている。なんだか、現代から原始にさかのぼって原始〜現代までの道(交通)の変遷を体感した大げさに言えば時空の山旅人となった気分だった。

ロープウエイを使うと標高差1400mもたったの15分だった。
一気に観光地化した麓で、ゆっくりお風呂と食事を済ませて、帰りのバスで少し渋滞に巻き込まれたものの概ね順調に帰宅することができた。


※後日談
湯沢峠からの刈り払いがどうしても気になって、帰宅後調べてみたところ、2013年8月下旬にトレランの大会が開かれ、そのためにコースを切り開いたものだと判明した。
この大会に特定して整備しただけと思うので、数年すると元のヤブに戻りそうだ(このコースのヤブの大半が笹藪)。
コース中刈り払いされていない所も多かったが、元から下草の薄い針葉樹林帯なので、テープよる道標がなくなっていく程度で、コース整備の前後でさほど変わらずといった感じだと思う。
いずれにしても、あと2〜3年程度はそこそこ快適に歩けそうだ。ただし、正規の登山道でないのと、大会の後に倒れたと思われる倒木が道を塞ぐようになっていた所が多数あったため、それなりにルートを見定める必要はある。


唐松が見事な大清水 小屋仕舞いを済ませて閑散としていた
掛け替えた木道の古い木材を荷下げしている この時期は林道歩きも楽しい
流はかわらず 湯沢渡渉点
倒木を利用した丸太橋 おもしろい形状の岩
この先歩く稜線が見えた 燕巣山方面
明日最初に登ることになる予定の2091mP(ピークの略、以下同) 今日は最低でも、あの物見山を越えなくては
物見山の尾根は意外とゴツゴツしている 燕巣山と右には四郎岳が見えた
物見山からの稜線が一望できるようになった 燧ヶ岳も良く見えた
きつい登りも今日はここ物見山で終了 目的地、日光白根山が見える
密な笹藪もようやく落ち着いてきた(ここまで撮影する余裕なし) ヤブがうすい所で振返る(すぐそばにモコモコさんがいるがヤブで見えない)
鞍部まであと一下り、ここまでくると笹も胸程度になって楽になった モコモコさんを探せ、その1
鞍部では、すぐ傍で水が採れて助かった 静かでいい幕営地だった
2091mP目指して登り返す 樹林の間から赤く染まった至仏山が見えた
雲海に浮かぶ 鬼怒沼山と鬼怒沼湿原
群馬県側の鹿道を使うと歩きやすい(モコモコさんを探せその2) 2098.7mP三角点にはプレートあり
三角点は傾いていた 2098.7mPからニョッキリピークと燕巣山(右)へと続く稜線
このわずかな下りの激藪でやられた ニョッキリピークはヤブが絡み合う岩峰
2098.7mPと燕巣山の鞍部はヤブが薄い 燕巣山直下まではうっすら残る踏み跡や群馬県側の斜面を歩いた
燕巣山直下は笹藪の登り 鬼怒沼山方面(モコモコさんを探せその3)
2が並ぶ標高の燕巣山 燕巣山から丸沼
燕巣山からこれから行く先を見る ヌタ場が出てくると傾斜が緩む
下ってきた燕巣山が見えた ニョッキリピーク
丸沼と大尻沼 2083mPから久しぶりに濃いヤブとなった
ヤブに隠れた倒木に苦労する(モコモコさんを探せその4) 2045mP付近はヤブがうすい
「湯沢峠」の道標あり 今日、あそこまで行くのは無理かな?
湯沢峠に出た。貴重なエスケープルート なんと!湯沢峠からはきれいに刈り払われた登山道状態!!
斜面が大きく薙いでいる根名草山 ヌタ場が多い。まるでヌタ場を繋ぐヌタ場縦走路のようだ
あの急斜面を登り切ればなんとか小屋まで行けるはず 2060mの肩にあるヌタ場、刈り払いはここまで
2326mPの南斜面は笹原状態 樹林と笹の境界を歩く
コメツガの幼木がびっしりと生えるようになると・・・ 間もなく登山道だった(モコモコさんを探せその5)
小屋到着は日没寸前だった 少量だが、小屋横に水が出ていて助かった
親切な水場の案内 旧念仏平小屋跡
温泉ヶ岳 刈込湖切込湖が見える貴重な眺め
分岐の道標も新しい 金精山から五色山へと続く尾根 奥には日光白根山
金精峠の金精神社が見えた 金精神社と金精山
金精山は岩場を右に大きく巻くように登る 「冬は怖いな〜」と思わず口走った所
金精山 湯ノ湖とその背後には男体山
金精山の笈吊岩 温泉ヶ岳
国境平 五色山への登りでは日光連山の眺めがいい
前白根山 避難小屋が見える
五色山から五色沼と日光白根山 名もなき池
弥陀ヶ池 荒れるに任せてある避難小屋 もったいない
どーんと大きな一枚岩が突然現れた 鹿による食害の深刻さが現れている
二荒山神社分社で無事下山の御礼参り 山頂駅から白根山がよく見えた
四郎岳と燕巣山からの稜線が見えた 更に念仏平へと続く稜線も見えた
昨日歩いた所も見納め ロープウエイで楽ちん下山



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