山域 |
吾妻連峰 |
コース |
金堀〜中吾妻山〜東大巓〜(明月荘)〜家形山〜ガンチャン落し〜高湯 |
〜吾妻はやはり良い山だ〜 |
日程 |
2014年5月3日〜5月6日 |
2月末から3月始めにかけて行った県境縦走の後、山にご無沙汰していたうちにあっという間に5月になってしまった。
今年は長期の休みがとれなかった上に天候が不安定、なによりも体力不足なので、遠出したり大きな山行はせずに、我々をいろいろな意味で育成してくれる吾妻連峰に入ることにした。
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データ |
アプローチ
上野駅6:49−宇都宮駅8:18/8:44−黒磯駅9:34/9:38−郡山駅10:39/10:45−猪苗代駅11:17/(タクシー)−金堀ゲート
コースタイム
5月3日(晴れのちくもり夕方雨)
金堀12:29〜登山口13:45〜唐松川渡渉点14:03〜標高1400m付近16:00(幕営)
5月4日(晴れ)
幕営地5:27〜中吾妻山8:29〜継森10:30〜東大巓13:10〜明月荘13:41(泊)
5月5日(ガスのち雨)
明月荘6:19〜東大巓6:51〜烏帽子山9:08〜家形山11:51〜家形山避難小屋12:08(泊)
5月6日(晴れ)
家形山避難小屋8:21〜慶応山荘分岐8:44〜山鳥山9:19〜高湯11:44
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5月3日(晴れのちくもり夕方雨)
コースタイム: 金堀12:29〜登山口13:45〜唐松川渡渉点14:03〜標高1400m付近16:00(幕営)
今日最初の関門は、日本橋駅での乗り換えだ。乗り換え時間が2分しかなく、大荷物を背負っての移動なのでかなり気合を入れる必要がある。
できるだけ階段の近くのドアに乗り込み、降車と同時に同じく乗り換えを目指す人たちとダッシュ開始。
ところが、あと2mというところで乗り継ぎの電車のドアが閉まってしまった。我々含め、ダッシュをしたほぼ半数の人がホームに取り残された。
この後13分待ちで、これでは目指していた上野発6:08の宇都宮行には間に合わない。
届く宛のない文句をさんざんモコモコさんと言いながら、次の電車を待った。モコモコさん曰く「東京メトロに苦情を入れてやる」とのこと(だが一向に実行する気配はない)。
上野駅からは、とりあえず宇都宮行に乗り込んだ。実際にはこの後の電車でも、十分予定している磐越西線には間に合うのだが、なにしろ今日は連休初日。
磐越西線の混雑が予想され、座れないだけならまだしも、大荷物を持って乗り込めるかが心配なのだ。そのため郡山駅に早めについて確実に乗り継ぎができるようにしたかったのだ。
案の定、磐越西線はすでに立ち客でいっぱい。周りの人につめてもらいなんとか乗り込むことができた。
猪苗代駅で、少し買い物をしたり身支度を整えてタクシー乗り場へと向かった。タクシーは出払っていたので少し待つことになったが、こちらは思ったよりも早くタクシーが戻ってきたので一安心。
次の関門は、金堀のゲートまで入れるかどうかだ。
すんなりゲートまで入れ、幸先がいい。もし歩きとなると1時間は加算されるので助かった。
お腹が空いていたので、腹ごしらえをしてから出発。
天気がよくて気温が高いので、さっそく汗が出てきた。なるべく汗をかかないようにゆっくり歩くことを心がけた。
林道の勾配が緩むと、のんびりハイキング気分になった。途中冷たい水が豊富に出ていたのがありがたかった。
もう少しで登山口というところで単独の男性とすれ違った。誰にも会わないと思っていたので驚いた。
久しぶりの山行で体力低下が著しく、コースタイム1時間のところをオーバーして吾妻山神社への登山道分岐を示す指導標に着いた。
登山口からすぐ入ったところに祠があったので、登山の安全をお祈りした。
最初は唐松川沿いの山腹をトラバースするように道は付けられていた。10分弱で唐松川渡渉点に到着。
飛び石がうまい具合にあるが、気温が高く雪代が出ているのか水量が多めだ。
なんとか先に渡渉を済ませ、モコモコさんが続くが、重荷であと一歩が踏み出せないらしい。そこで渡り返してモコモコさんの荷物をもらい受けて渡渉し直し、モコモコさんには空身で渡ってもらうことにした。
それでも不安があるというモコモコさんは裸足になって渡ってきた。
水は冷たいが、距離も短く浸かるのはくるぶし程度で、気温が高いので問題なく渡れたとのこと。しかし最後の一歩で少し岩がヌルッていたので、靴を履いたままだと危なかったかもとのことだ。
渡渉点では小沢が合流していたので、水を補給した。
最初は結構急な登りで、植林地帯に入った。植林地帯には残雪があり道が隠されていたが、テープがあり迷うことはなかった。
植林地帯を抜けると、傾斜が出てくる広葉樹林帯の登りが始まった。
最初の標高差100mは、吾妻にしては珍しく急登だ。汗をかきながらゆっくり登った。時折吹く風が気持ちがいい。
頑張った標高差100mを稼ぎ終えると傾斜がぐんと緩んだ唐松林となった。道はしっかりと踏まれているが、雪があったり落ち葉が積もったりするとわからなくなりそうだ。木には赤テープが巻いてあった。
1200m付近からは、わずかな距離であるが時折登山道を雪が覆うようになってきた。
それとともに、針葉樹林帯ならではなのか、木の周りには巨大モグラが通った後のように雪が残りその上に落ち葉が付いているなんともいえないようなところが多く見られた。
唐松林が終わり、広葉樹林帯になると雪面のあるところが急に増えた。
しばらくは、赤テープ等を追っていくが、標高1300m辺りで全面に雪がついた頃からはテープのことはあまり気にせずに、尾根右にある沢からなるべく離れないように方向を定めて登って行った。
あれほどよかった天気も、今は黒い雲がでてきて風も吹き始めた。今日は夕方に雨が降る予報なので、そろそろ幕営場所を決めたいところだ。
理想は、テント一張り分の乾いた平らな地面と水作りができるような残雪がそばにあり風が当たらないところだ。
乾いた地面は、さすがにここまで登ると見当たらないが、いったん傾斜がなくなる標高1400m付近で、風があまり当たらず笹がちょうど風を防いでくれる場所があったので、迷わずザックを下した。
この時期は雪が締まっているので、あまり整地に時間がかからなくて助かった。
風はますます冷たく強くなったので、さっそくテントにもぐりこんだ。
夕食をとっていると、雨が降る音がしたが、幸い雨降りの時間は長くなく寝る頃にはほぼ止んでくれた。
強い風はそのまま吹き続けていたが、場所の選定がよかったらしくテントにはほとんど当たらず穏やかに過ごすことができた。
5月4日(晴れ)
コースタイム: 幕営地5:27〜中吾妻山8:29〜継森10:30〜東大巓13:10〜明月荘13:41(泊)
冷たい風が吹いているが、文句なしの晴れ。いい一日になりそうな予感がする。
今日は明月荘に着いた後に、久蔵森へ行ってくる予定なので、早めに出発した。
吾妻とはいえ、早朝で雪も固いのでアイゼンを付けていくことにした。
この判断は正解で、所々で凍っていたり、雪面が波打って段差を登るところは傾斜が急なので、アイゼンを付けていることで余計な体力消耗を防ぐことができた。
中吾妻山へはただ上へ上へと登ればいいのだが、場所を特定する目安として、右にある雪に埋まった沢筋に沿うように進んだ。
始終冷たい風が吹いているので、久しぶりの重荷を担いで登り一辺倒であるが、ほとんど汗をかかずに登れたこともあって順調に高度を稼ぐことができた。
山頂直下になると、樹林が混んできた。できるだけ樹林間隔が空いているところを探していくと、ひょいと開けた雪面に出られた。
山頂はその雪面をわずかに登っていくと着いた。
山頂は樹林が多く生えているので、西吾妻山方面は木の間から見るようになってしまうが、谷地平や東吾妻山がよく見えた。
風が強いので、記念撮影だけ済ませて鞍部へ下ることにした。
大きくはないが、段差のある波打つ雪堤を下って鞍部に着くと、鞍部は風の通り道になるためか樹林が少なく開けている。
下りだとあっという間だ。東大巓からくると、ここまでは少し頑張れば比較的来やすいが、中吾妻山へ往復してこようとすると結構時間がかかるので割愛することが多い。その名の通り中吾妻山は一番中(奥)にあるなかなか行けない山だ。実際昨年も中吾妻山は断念してしまった。
天気のいい時に来られてよかった。
鞍部で風の当たらないところを探して、少し長めに休憩した。
小さなピョコを越えてから、実は中吾妻山や継森よりも高い名もなきピークの登りにかかった。
このピークは、厳冬期には時間短縮のため、残雪期には山頂のヤブが濃いので、巻くことが多いが、今日はしっかりと雪がついているので稜線伝いに通過した。
また、このピークには足跡があった。どうやらここまで来て引き返したらしい。東大巓からの往復かなと思ったが、足跡はしばらくしてから稜線からなくなったので、谷地平からの往復だったらしい。
名もなきピークと継森との鞍部は、広いが背の低い樹林が濃いので踏みぬいたりすることが多い。しかし、今日はまだ残雪量が豊富で雪も締まっているので踏みぬくことなく進めた。
継森のピークを小さく巻く感じで登ったので、そのまま通過しようとしたら、珍しくモコモコさんが山頂へ行かないのかと聞いてきた。
山頂はパスすると答えると、これまた珍しくモコモコさんが代表して山頂を踏んできた。
山頂はヤブがモチャクチャ状態だが、雪が付いている今はヤブが風除けになっていい休憩場所になっていたとのことだった。
この先、ピークらしいものは東大巓まで特にない。のっぺりした吾妻らしい山様になるが、ヤブ等が完全に埋まっており、天気がいい今日は何も進路に迷うことなく行けるのがうれしい。
あれほど吹いていた冷たい風が、ほとんどやんで暑くなってきたので薄着になった。
なだらかだが意外と時間がかかる東大巓への登りを、県境の稜線を眺めながらのんびりこなした。
東大巓山頂直下まで来たが、山頂へは少しヤブがうるさく明日戻るときに通るので、山頂を巻気味に通過した。
明月荘が見え、今日の目的である久蔵森が見えてわくわくしたが、モコモコさんから「あれじゃヤブ漕ぎになるだけだから行くの中止」となんともむごい一言が。
行く行かないで言い合いになったが、結局断念することになった。そうと決まれば今日は時間に余裕がありすぎるくらいあるので、のんびり休憩してから明月荘へと向かった。
明月荘は1階、2階両方とも簡単に入れるようになっていた。
最初は1階からはいろうとしたが、天気のいい今日は2階のほうが明るくて暖かい。日没まで時間があるので2階のほうがいいだろうということになり、2階入口から入ることにした。
2階入り口が開かなかったという情報を得ていたが、誰かが直したのかすんなり開いた。
荷物を運び込んでから、よくよく観察してみると、特に鍵がかかるわけでもなさそうだ。
なぜ開かなかったのかな?と疑問に思ったが、すぐにわかった。
何回か開け閉めしていると、外側からは扉をあけられなくなってしまったからだ。内側からはきちんと開く。さらに観察してみると、扉の取手が外側と内側で連動していない。
到着したときにはねじをきつく締めていたのか正常に連動していたのが、何回かまわしているうちに緩んでしまい連動しなくなってしまったらしい。
構造を見てみると、どうやらボルトが抜けてなくなっていることが原因のようだ。
ふと足元を見てみると、針金ハンガーを短く切ったものが落ちていた。まるでロールプレイングゲームのようだ。これをボルト代わりに試しに差し込んでみるとうまく入った。軽く固定して取っ手を回してみるとうまくいったので、さらに針金を締め上げて終了。
一応応急処置はできたと思う。
この後、きちんと開け閉めできる1階扉をみてみると、しっかりと固定されたボルトが入っていた。
扉の一件が落ち着いたところで、マット類やテントが濡れていたので干しものをしたり水作りをしていると時間は経っていくものだ。
日が傾いてくるとさすがに寒くなってくる。誰もいなくそろそろ貸し切り決定になりそうな時間になったので、テントを張ることにした。
テント内に入るとやはり暖かい。
ぬくぬくしていると、遠くから話声がした。しばらくたっても姿が見えないので空耳かと思っていたが樹林の陰で見えなかっただけだった。
浄土平から縦走してきた6人パーティーだった。
6人パーティーは1階に泊まったので、ほぼ貸し切りと同じだ。
いつもぎりぎりまで行動しているので、たまにはのんびりと過ごすのも楽しい。
早起きしたので早々に眠くなり、1階ではまだ食事中である様子であったが、こちらはいつのまにか寝就いていた。
5月5日(晴れのちくもり夕方雨)
コースタイム:明月荘6:19〜東大巓6:51〜烏帽子山9:08〜家形山11:51〜家形山避難小屋12:08(泊)
今日中に帰ろうと思えば帰れるが、折角なのでもう一泊していく予定だ。宿泊場所は家形山避難小屋なのでこの時期は半日行程だ。
寝坊してゆっくり出発でも十分こなせるが、今日は午後雨が降るらしいのであまり遅くならないうちに出発した。
東大巓へ登り返し、山頂直下に荷物を置いて空身で往復した。
山頂の標識は上1/3ほどが出ていた。スキーツアー用のポールはすぐそばの木に立てかけてあった。
昭元山手前の小ピークとの間の広い鞍部へと下っていく。今のところまだ雨は大丈夫そうで、まだ中吾妻山方面も見えた。
鞍部から昭元山の登り口までさらに下るが、ここは吾妻にしては立派な雪堤ができるところだ。
もう少し遅い時だと雪堤上を気持ちよく下っていくが、今回はまだ波打っているので、適当なところから雪堤下の斜面へ降りて下った。
昭元山の登りになると樹林帯に入るので、曇り空ということもあって一気に暗い感じになった。
上へ上へと登って、少し標識が顔を出した山頂に着くと烏帽子山を筆頭にこれから行く先が一望できた。
まだ凍っている鏡沼を目指して一気に下った。鏡沼は山人が代表して見てきた。
モコモコさんは烏帽子山を巻くと行っていたが、折角なのできちんと登っていくことにした。
最初は残雪を使って順調に高度を稼いだが、ヤブを避けていくうちに冬でもほとんど凍りついただけとなっている岩ゴロゴロ地帯の取りつきへのルートを外してしまった。
踏みぬきに注意しながらルートに戻った。ルートを外すとパンチパーマの罠にかかるからだ。
戻ったといっても、雪が残っている今はどこを行っても同じ気がするが、多少はヤブのうるささからは逃れられる。
岩ゴロゴロ地帯の登り口にたどり着くことができた。
本当にこの辺りは周りと比べて異質な感じだ。山頂直下まで来ると岩ゴロゴロ地帯が終わり、またパンチパーマ状態となる。
残雪でかさ上げされてヤブとの隙間が埋まってしまうので、登山道であってもヤブをくぐるときにザックが引っかかったりして腹が立った。
パンチパーマ地帯を脱出してようやく山頂。早く通過したいのでそのまま進んだ。
家形山側は樹林のない雪の斜面になっているところがあるので、下降は楽だった。
ここからニセ烏帽子山までの間は、波打つ尾根となっていて意外と時間がかかるところだ。5月に入って多少は段差が小さくなったようだが、それでもちまちま段差をいちいち越えていくのは面倒だ。
鞍部が近づいてきたところで、なんじゃこりゃという場面に遭遇。
樹林の枝が引き千切られ、細目の樹林は人の身長辺りでボッキリと折れていた。
一か所だけでなく、その状態がすっと続いた。ちょうど風の通り道となるあたりだ。なんだなんだ、風にやられたか?竜巻でも起きたか?
倒木を避けながら先へ進むと、登山道となっているところも倒木の障害物があった。残雪があるときは適当にかわせるが、無積雪期になると倒木がひどくてまともに歩けなくなりそうだ。
ただでさえ、ヤブがひどい・刈り払いしてほしい(明月荘の小屋ノートに結構な頻度で書かれていた)と言われているのに倒木で歩きにくさに追い打ちをかけた感じだ。
ニセ烏帽子山山頂に近付くと、倒木は少なくなり山頂からは見かけなくなった。
これで倒木地帯は終わったかと安心したが、今度は雨がポツリポツリと降りだしてきた。
雨具を着ないでも大丈夫そうだが、気温が低く風も吹いており、ガスも出てきたので休憩がてら雨具を着ていくことにした。
一度終わった倒木地帯が再び始まり、兵子分岐を挟んだ前後、家形山の登りの始まり辺りが特に顕著だった、この辺りは樹林そのものが太いためか倒木よりも引き千切られた状態の枝の方が多かった。
周りを観察していくといつの間にやら家形山の登りに入ったようだった。
ほぼ登山道と同様に、できるだけ県境に沿って登った。
家形山の山頂台地は迷いやすいので、できるだけ崖沿いに歩いていくことにした。すると、以前の見たことのある謎の穴に遭遇した。
前にこの穴を見たのは厳冬期だった。厳冬期でさえ存在するこの穴はいったい何なのか調べてみることにした。
穴には簡単に降りられた。
特に水が流れているわけでもなさそうだ。
笹が茂った下をのぞいてみると、大きな岩がありその下は空洞になっているようだ。どこかにつながっているのかこの空洞が雪を積もらせない原因になっているようだった。
穴の探索に満足したところで、家形山山頂を目指す。
あまにりも崖沿いに忠実に沿っていったため、霧ノ平への尾根に入り込むところだった。
方向をほぼ90度変えて、再びなるべく崖から離れないように進むと、テープを見つけることができた。
家形山から五色沼の鞍部への下りは、最初夏道を歩いて降りていたが、家形山の斜面にまだしっかりと雪がついていたので、途中からは夏道ではなく雪面を下った。
鞍部からはそのままガンチャン落としへと入った。
ガンチャン落としの斜面には、ここ最近降りたと思われる跡があった。
ガスがますます濃く雨も雨具を着ないと濡れるほどの降りになったが、今日は小屋までのあと数分で行動終了と思うと気も楽だ。
重力に任せて下っていくと、小屋に到着。
小屋はまだ半分雪に埋まっていた。
厳冬期に泊まった時の後片付けを少しして、お湯を沸かして腹ごしらえをしてから時間も早いこともあり少し休むことにした。
天気が悪くそれに従い小屋内も寒いので、テントを張って寝袋に包まることにした。
一寝してから、夕食の準備。
昨年は5月でも中旬だったので、水をとれる場所を何とか探せたが、今回は全面的に埋まっていて雨も降っているので雪からの水作りから始めた。
水作りが終われば、あとはいつもの通り夜を過ごした。
5月6日(晴れ)
コースタイム: 家形山避難小屋8:21〜慶応山荘分岐8:44〜山鳥山9:19〜高湯11:44
しつこく降っていた雨もやんでいい天気だ。
昨日の作業の続きを少々行ってから出発だ。
慶応山荘の大柿さんに挨拶して行くのも今回の山行の目的の一つでもあるので、山荘の営業情報を見てみると「命惜しんで 休業中」になっていた。それだけでなく、当分の間休業しますとの張り紙があった。
どうしたんだろう、学生さんの遠征の付き添いにでも行ったのかな?とがっかりして慶応山荘には寄らずに降りることになった。
井戸溝の橋は完全に出ていた。
沢自体も流れがだいぶ出ているので、水も取れそうだ。
湯ノ平の小沢の流れは、現れるまであとわずかという状態だった。
山鳥山付近では、旧吾妻スキー場へのルート入口は完全にヤブが出ていた。
登山道も時折雪が途絶えたりするが、ほぼ雪道だ。
賽ノ河原に差し掛かるあたりで、登ってくる学生さんパーティーとすれ違う。
挨拶をしてやり過ごしたその瞬間、最後尾に見慣れた顔が。慶応山荘管理人の大柿さんだった。
大柿さんも足を止めて我々の相手をしてくれた。
山荘のことを聞いてみると、想像もしなかった答えが。なんとテンが小屋の壁をぶち破って中に入り込み荒らしたのだとか。
その荒らし方がひどいもので、あまりの惨状に営業不可能となってしまい、修繕改築するまで休業の措置をとるはめになった、更に、引水用の管もやられて破損したらしく水も一切出なくなってしまい、応急の修繕の部品とともに生活用の水を学生さんに担ぎ上げてもらっているとのことだ。
なんだか、昨年から小屋(大柿さん)はテンの被害に合ってい災難だな。
次に、稜線の倒木のことを尋ねると、2月に山梨県が大雪で孤立したときにこの辺りも相当荒れて、そのときにやられたのだろうとのことだ。積雪量も相当なものだったらしく、一晩で1m以上積もったとのことだ。(まるで飯豊のようだ)今残っているのは、ほとんどその時に降ったものとのこと。
尚、今年の6月に登山道整備が行われる予定らしいとのことで、期待したい。
長話になってしまったが、トレース交換をしてお互い先を急いだ。
スカイラインを横断して高湯への登山道へと入り直すと、なるほどまだ雪が残っていた。南面と東面の違いはあるが、猪苗代側よりも福島側の方が残雪があるような気がした。
無事登山口へ降り立ち、お風呂に入るために花月へと歩いて行く途中、また驚いたことが一つ。これまであった浄水場そばの廃業した旅館の建屋がすべて取り壊され、更地になっていた。
花月ハイランドホテルの建て替えられた大浴場でゆっくり浸かり、浄土平からのバス(※)で福島駅へ出た。
行き慣れたと思っていた吾妻だが色々と変化・発見があった。また、連休であるのに、人に会ったのは一日につき1回という静かさだった。
スタートこそつまずいたものの、在来線各駅停車だったので連休最終日であるにもかかわらず、のんびり座って帰ることができた。
※今年から花月ハイランドホテルから乗車する場合のバス停が変更になった。
以前はバス停が「高湯ゲート前」となっていたが、今年からは「ハイランド前」になったのでバスに乗るのも便利になった。2014年の時刻表は
こちらを参照
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金堀のゲート |
最初は林道歩き |
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途中、冷たい水にありつけた |
登山口 |
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山の安全をお祈りして出発 |
唐松川渡渉点 あと一歩が出ないモコモコさん |
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吾妻山神社歩道を使って登っていく |
1100m辺りからしばらくは唐松林 |
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おもしろい雪の残り方 |
傾斜が緩んだ広葉樹林帯で幕営 |
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翌早朝からいい天気 |
あんな高い所に熊棚が |
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風が冷たいが締まった雪で登りやすい |
山頂直下は樹林が濃い |
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中吾妻山からしばらく吾妻ではめずらしい雪堤歩き |
谷地平の白さが目立つ |
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すっかり白さがなくなった東吾妻山方面 |
鞍部まであと少し |
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中吾妻山はいつも静かだ |
継森を目指して |
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継森のピーク |
継森から谷地平方面 |
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厳冬期は波打つ雪面も今は快適 |
西吾妻山 |
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東大巓まであともう少し |
ちょこんと頭を出した中吾妻山 |
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明月荘へ向かう 久蔵森に心魅かれる |
いい天気で気持ちがいい |
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この角度からの東大巓もなかなかいい感じだ |
今だけ1、2階どちらからも簡単に入ることができる |
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2階扉を開けてみた |
内側のボルトが抜けている |
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針金ハンガーで応急処置 |
ちなみに1階の扉はきちんとボルトが留めてあった |
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初めて2階に泊まった |
東大巓山頂標識が少し出ていた |
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主脈縦走路 家形山方面 |
昭元山を登る前に少し下る |
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結構立派な波打つ雪堤だった |
烏帽子山 相変わらずパンチパーマ状態 |
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鏡沼 |
烏帽子山の登り |
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烏帽子山山頂 |
倒木地帯 |
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家形山の謎の大穴 |
家形山 |
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雪の状態がよくガンチャン落としは快適だった |
小屋はまだ半分埋まっていた |
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雪のあるときは小屋前は広くて気持ちがいい |
「当分の間休業します」とあった慶応山荘 |
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井戸溝の橋は完全に出ていた |
福島市内が一望できる所 |
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